5日目・「Red Dahlia」



タイトル

by JASMiNE



  朝、カーテンの閉め切った暗く静かな寝室。重くだるい身体を起こし、ベッドを降りる。虚無感と倦怠感しかない、暗い朝である。


  わたしには家族もなく、恋人もいない。わたしに近くで寄り添ってくれる人など誰ひとりいない。わたしはこんな孤独の檻の中で死んでいくのだと、そう思わずにはいられない人生である。わたしはまだ20歳で、まだ若い。しかし、この人生の中で不当な扱いを受け、惨めな生活をしてきたわたしにとって、この20年はあまりにも長すぎ、あまりにも周りの人間が光り輝いて見えた。
  

   寝室出て、リビングを通り過ぎ、玄関の扉についたポストを覗く。いつもなら空のはずのポストのなかには手紙が一通入っていた。わたしはすぐに誰が送ってきたのか理解した。Kである。


  Kはわたしの生活を助けるアドバイザーであり、唯一信頼の置ける人物だ。最近はこうして手紙を通じて、アドバイスを受けている。栄養のこと、健康のこと、精神のこと…。Kはどんなあらゆることに対しても手を尽くしてくれる。わたしにとってKはオアシスのような存在だ。


   わたしは前回の手紙の返事に視力の低下のことを書いたので、きっとそのことについての返事もあるのだろう。そう考え、胸を膨らませながら急いで封を切り、便箋を開く。


   そこには驚きの内容が書かれていた。今回の手紙を持って、わたしの専任アドバイザーを降りるというのだ。唐突な告白でいまいち理解しきれない。真っ白な頭のまま必死に目で文字を追い、読み進めた。だが、その後の文には後任のアドバイザーについてのことと視力の低下について病院の紹介が書いてあるだけだ。アドバイザーを降りるということについて理由も何も書かれていない。信頼のできる人がいなくなること、それはわたしにとって絶望でしかない。


 「どうして?どうして?どうして?どうして…?」


   気付けば玄関のドアをあけ、外に飛び出ていた。Kの居る事務所へ行く。そうしてKに理由を聞く。そうすればわたしは納得できる。そう言い聞かせた。列車に乗り、S駅で降り、そこから徒歩で事務所を目指す。気付けば昼で、太陽が肌をジリジリと焼く。外に出ないわたしは、夏であることを知らなかったのだ。そんなことも知らなかった自分が人に頼ってばかりだとわかった瞬間、Kに対して急に恥ずかしさと申し訳なさが喉から込み上げてきた。


  事務所が見え、わたしは足を止める。もしかすると、Kはわたしに外の世界を知って欲しくて嘘をついたのではないか。それならこうしてわたしが来たことを喜んで迎えてくれるのではないか。と。わたしはそう思い、駆け出す。


  ベルを鳴らし、10秒。ドアが開く。開けたのはKだった。Kの表情は暗い。構わずわたしは尋ねる。


「どうして、アドバイザーを降りるの?嘘よね?そんな急に…」


  Kの表情は変わらない。嘘じゃない、というように。


「わたしはこの事務所のアドバイザーを辞め、新たな職に就くのです。それに、あなたの後任のアドバイザーはもう決まっています。視力の低下についてもあなたに合った病院を紹介したはずです。何の問題があるのですか」


  その言葉にわたしは何も言い返せなかった。いつもとは違う、平坦な口調とKの態度に違和感も感じる。けれど、確かにKの言う通りなのだ。わたしには何の問題もないし、わたしにKの転職を無理矢理止める筋合いはない。帰ろう。きっと、わたしは外の世界に触れ合うことがないせいで、Kがいなくなることを深刻に考えすぎてしまっていたのだ。


  もと来た道へ身体を向け、無言のままおぼつかない足取りで歩き出す。急に目頭が熱くなり、視界がぼやける。足どりが速くなる。急にくる嗚咽と胸の痛みがとても苦しい。辛い。複雑に絡み合う感情を押し殺しながら、わたしは無我夢中で歩いた。


  そうして、いつのまにか駅のホームに着いていた。誰もいない、静かなホームだ。 けれど、今のわたしにとってはその方がありがたい。次の電車まではあと何分だろうと思い時刻表を見る。が、あと1時間も待たなければならないことに気付く。ふと、ホームから見える赤色の絨毯に気付く。わたしはそれに目を奪われながら近づく。


  よく見るとそれは赤いダリアの花だった。その瞬間、わたしは忘れかけていた大切なことを思い出した。


  14歳の夏、わたしは父と母を病気で亡くした。自殺である。わたしの母方の家系は代々ヒステリックな性格の人が多く、近所、学校、職場の人間誰もがわたしたち家族を避けがちだった。だからこそ引っ越す金すら無く、誰も知らない遠い街にまで毎日働きに出なければならない。そんな父と母は体力的にも精神的にももう限界であった。自殺した理由は恐らくそれだった。けれど、わたしは2人を責めることはしないし、出来ない。ただ、残されたわたしはもう、誰にも守ってもらえない。その現実だけが、わたしを苦しめた。


  両親の自殺から一週間後、事態は大分落ち着いた。どこに住む親戚も引き取られることがないわたしは、近くにあった孤児院で暮らすことになった。慣れない環境ではあったが、その孤児院に住む子どもは誰1人としてわたしに対して特別視することはなかった。


  誰かを干渉しすぎず、誰かに干渉されすぎないその場所は居心地が良かった。そして、一際目を惹く子どもがそこにはいた。彼はいつも笑っていて、彼はいつも優しかった。今まで知っていた「他人」とは違う、あたたかさがそこにはあった。誰にも守ってもらえない、そんな思いも消えて無くなるほどに。そうしてわたしは彼にどんどん惹かれていった。


  けれど、いつしか彼の笑顔は消えていった。噂では彼は捨て子で、最近母親が見つかったらしい。もうすぐ彼はその母親に引き取られるという。しかしわたしは、なぜそのような暗い顔になってしまうのかは分からなかった。けれど理由を聞くこともしなかった。ただ、わたしは彼の笑顔のない生活を送って欲しくはない。そう思うようになっていた。そうしてついにわたしは彼に言った。わたしの思いを。


「わたしは、ここに来た時あなたに救われた。もし、あなたはわたしに恩を返される筋合いはなくても、わたしはあなたの力になりたい。」


彼は一瞬、ほんの一瞬だけ表情が和らいだ。けれどまた硬い表情に戻り、そして悲しそうな顔になった。


「僕は、君と凄く似ているような気がする。だから、救われたって言ってくれて嬉しい。このまま生きていれば、きっと君は僕よりいい人生を送れる。そのためにも、君の力には頼れないかな。」
「どうして・・・?」
「それは言えない。」


その固い意志を持った言葉に、わたしはその場に立ち尽くしたまま何も言えなかった。


  そうして時は過ぎ、彼は母親に引き取られた。そしてその数日後、彼は母親を殺した後自殺した。木々が生い茂った森で、頸動脈を切っていたという。発見された時、その血のまわりには赤いダリアが咲いていたそうだ。


  わたしは暫く赤いダリアを見ていた。わたしは、結局彼に何も出来ていない後悔と救えなかった後悔。今になって気付く、わたしはきっと彼を愛していた。そして愛されていた。そしていつしかわたしは、Kを愛していた。けれどKにはKの人生があった。わたしは、もう誰かに救われることはないのだろうか。


  彼に会いたい。そう思う。きっとこのダリアは彼がわたしを呼んでいる。帰らなければ、いけない。

  
そうしてわたしは注射器を手に取る。打つ。そして─────
気付けばあたりはとても美しい色だった。


どんどん広がる。
赤い赤いわたしのダリア。
咲いて咲いて咲いて。
そして、枯れる。




【あとがき】



この急展開過ぎる意味のわからない小説を最後まで読んでいただきありがとうございます


この小説において一番言いたいことはとても意味のわからない小説だということです。


やはり小説を描くのは難しいです。
Hue発売楽しみですね!(唐突)


Hueリリース企画・文章作品

Hueリリース企画は Miliの1stミニアルバム『Hue』 の発売を記念した ファンアート企画(非公式)です。 開催期間:2017/5/15〜5/24 小説・歌詞訳・詩など 個性的な文章作品が集結しています♪ ファン渾身の作品、必見です! Twitter【@hue_release_】掲載の イラスト作品も要チェック!

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